萱場祐一センター長/教授
河川工学・河川生態学/流域治水・防災
河川における防災・減災×ネイチャーポジティブを目指しています
1. 自己紹介 私は、名古屋工業大学で「流域研究室」を主宰しています。洪水から人々を守りながら、川や海辺の生態系を保全・再生する「流域治水」を目指しています。従来のダムや堤防だけに頼るだけの治水ではなく、河川においては氾濫原や遊水地、都市においては雨庭、農地等においては耕作放棄地・田んぼの活用等“水の貯留・浸透”を活用して、洪水のピーク流量を緩和する手法の構築を目指しています。また、このような手法を通して生きものの棲み場所も守り、ナイチャーポジティブに繋がる防災・減災技術の構築をテーマにしています。前職の国土交通省の研究機関での長い実務経験と応用生態工学の現場で学んだ「川は工学だけでも、生態だけでも、読み切れない」という実感に基づき、長良川、球磨川をはじめとした流域で防災・減災×ネイチャーポジティブの研究・開発、社会実装を進めています。
ここ数年は、河川沿いに設けた創出湿地に着目した洪水のピーク流量の低減、都市では雨庭、農地では田んぼダム等を活用した研究に取り組んでいます。また、河川での流下能力を高め、河川生態系の保全に繋がる河道掘削方法の研究、仙台海岸においては海岸堤防をセットバック(堤内地に引いた)した場合の砂浜生態系への効果も研究しています。これらはすべて、治水と環境を対立させず、両立させるための実践知に繋がります。
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
最近の研究の柱は「水をゆっくり流す」ための流域治水の計画・設計論の確立です。「水をゆっくり流す」ことは一見水害リスクを高めるように見えますが、実は下流への流量負荷を減らし、流域全体で見ると水害リスク軽減に繋がっていると考えています。河川では河川沿いに水を貯留する“よどみ”、”わんど”、”湿地”等を確保すれば、ここに洪水時の水を一時的に貯留し、洪水の流量低減を図ることができます。また、渓流においては伐倒した樹木を横倒しにしたリーキーダムによって洪水時の水を貯留する方法、治山ダムや砂防ダム等の既存の施設を活用して水を貯留する方法についても水理実験、数値モデルでメカニズムの理解とその効果を定量的に評価しています。このような研究は机上だけに留まらず、熊本県吉尾川での河道側方部の空間を川に取り込んだ計画立案、渓流においては球磨川流域でのリーキーダムの実装、治山ダムにおいては大阪府との連携により具体的設計に活用されています。また、最近は名古屋工業大学のキャンパス内に雨庭を設置し、屋上に降った雨を浸透させて河川に流入する流量を減らす実験も行っています。また、河道に入った水を流すためには、河道の断面積を大きくする河道掘削が必要となります。しかし、河道掘削は河川環境に負荷を与えるため、河川環境、特に、河川生態系と調和した河道掘削の方法についても研究を行っています。具体的には河川にとって大切なダイナミズム(洪水や植物の繁茂によって川の環境が維持される仕組み)を保全するための河道掘削方法を長良川を対象に検討しています。もうひとつの柱は、海岸の砂浜環境の保全です。東北沿岸の津波被災地では、堤防のセットバック(陸側に引く)により砂浜性の植生の再生に寄与しました。セットバックにより波浪や飛砂による自然攪乱の低減が期待されますが、この効果が砂浜生態系の回復にどのように機能するかについて長期のモニタリングを行っています。実に、堤防のセットバックによる数十メートルの砂浜幅の違いが自然攪乱の緩衝に役に立っていることが分かってきました。
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
社会実装の現場では、まず「水をゆっくり流す」ことの意義を講演等で共有するとともに、雨庭や農地での貯留浸透、河川改修・リーキーダム・治山砂防ダム等での貯留空間の確保を地域との共創に基づき実装しています府県や地域のコミュニティーとともに“水をゆっくり流す”意義を共有し、具体的な技術の開発と導入を行ってきています。具体的な実装例としては、熊本県の吉尾川における河道側方の樹林帯や小さな遊水地の計画、熊本県の松ケ野川の上流域におけるリーキーダムの設置、大阪府における流域治水型治山ダムの設計等があります。また、名古屋工業大学のキャンパス内には雨庭を学生とともに作成し、雨水の浸透量を測定する実験サイトを設営しました。皆さんにご見学頂き、雨水を下水に流すのではなく、地下に浸透させる意義を理解してもらいたいと考えています。
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
平時から「水をゆっくり流す」、「そのために水の浸透・貯留できる場所」を想定しておくことはとても大切です。都市域の雨庭、農地の田畑やため池、川の中の淀み、ワンド、樹林帯、調整池等を可能な限り配置することにより、流域がもつ水災害への耐性(レジリエンス)は目に見えて向上します。また、このような取組は治水だけでなく、生物多様性、農漁業の営み、観光、学びの場としての価値の向上にも繋がり、投資効果を高めます。我々のチームは、それぞれの地域の特徴を踏まえ、最適な水災害リスクの軽減方法をご提案できます。ただし、水災害は上流と下流も含め流域全体での共創に基づく取り組みが重要になります。上流や下流それぞれの地区だけでなく、様々なステークホルダーが関わることにより流域治水が進展することがとても大切です。委員会や学会の場で培ってきた制度・運用面の知見も共有できます。具体的な計画・設計方法、モニタリングの方法、目標設定の仕方、住民参加のプロセス、将来の維持管理の方法、また、合意形成のプロセス等についても伴走します。流域治水は様々な人が関わることにより進展します。また、「水をゆっくり流す」思想を共有することが大切です。時間は掛かりますが、水災害リスクを軽減するための一緒に強靭でしなやかな地域を実現しましょう。
5. 高校生へのメッセージ
川の研究は、数式、モデル、実験、現地観測だけでは終わりません。雨が降りはじめたときの水の流れ、田んぼの畦から落ちる最初の一滴、川沿いに形成される小さなよどみ、そうした様々な現象を感覚で捉え、流域治水の計画・設計に活かす必要があります。私は、工学の視点で洪水を読み、生態の視点で命の循環を読む。この両方を行き来することを大切にしてきました。君たちにも、教室から外に出て、身近な川を探索し。洪水後の草の倒れ方、鳥や虫の気配等を観察し、記憶に留めておくことは、自身の能力、センスに磨きを掛ける絶好の機会になります。もうひとつ。川の世界は「正解がひとつ」ではありません。堤防を高くするか、しないか、湿地をどれだけ確保するか等は地域の暮らしや自然の表情に合わせて答えが変わります。失敗を恐れず、仮説を立てて、現場で試し、学び、反省し、また試す。その繰り返しが、やがて地域の暮らしと自然を守る技術論へと育っていきます。川が好き、生きものが好き、地域が好き、その気持ちを携えて、ぜひ流域の未来づくりに飛び込んできてください。一緒に“水をゆっくり流す”地図を描きましょう。
河川工学・河川生態学/流域治水・防災
河川における防災・減災×ネイチャーポジティブを目指しています
北川啓介副センター長/教授
建築設計・建築計画/防災工学
地球上で家に困る人々が快適で丈夫な家をもつあたりまえを実現する
1. 自己紹介
名古屋市の和菓子屋に生まれ、名古屋工業大学で学士・修士・博士(工学)を経て、現在は同大学大学院で建築・デザイン分野の教授として、建築意匠と建築計画、そして防災工学の交差点に立って研究と社会実装を続けています。2017年には米国プリンストン大学に客員として滞在し、国際的な視座から建築の未来像を磨きました。
転機は、東日本大震災の避難所で小学生から「大学の先生なら来週建ててよ」と訴えられた瞬間でした。帰路の機内で涙が止まらず、建築の原点に立ち返ろうと誓いました。以後、「どこでも誰でも数時間で建てられて、酷暑でも極寒でも快適な住まい」を目指す応急簡易住宅「インスタントハウス」の研究開発に没頭し、膜を空気でふくらませ、内側から空気含有量の高い断熱材を定着させるという“軽く・やわらかく・少ない部材”の逆発想で、短時間施工と高い断熱・遮音を両立させました。
この仕組みは、被災地だけでなく、平時のグランピングや教育・医療・福祉の現場でも柔軟に使いこなせることから、日本各地、さらには海外の被災地にも広がっています。研究者としての探究と、大学発ベンチャーでの事業化を往復しながら、被災直後の「寒さ・暑さ・騒音・プライバシー不在」を断ち切るための“住まいの最小単位”を磨き続けています。
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
まず、私の核となる研究は「インスタントハウス」です。発端は、既存の建築がもつ重い・高価・硬い・部材が多い、といった前提を一度すべてノートに書き出し、その対義語を並べて設計原理に据えたことでした。空気で屋根と壁を一体的にふくらませ、内側から発泡系の断熱材を“留める”だけで殻を成す。すると、足場や基礎の大掛かりな先行工程を必要とせず、運搬も軽く、現地での施工は短い。小学生でも手伝えるほどの組み立てに、天井と扉と窓をそなえて、温熱・光・音の環境調整ができる。被災直後の体育館のような大空間の中でも、世帯が自分達の“おうち”を取り戻し、「ただいま」と言える心の拠り所をつくれることが決定的に大きいのです。
この数年での実装では、2023年のトルコ・シリア地震でアンタキヤに大小3棟を寄贈し、猛暑下でも内部が涼しく、円い高天井が心を落ち着かせるという声を現地でいただきました。続く令和6年能登半島地震では、屋内用・屋外用を迅速に届け、避難所の感染症や低体温リスクの低減にも寄与したとの報告も受けています。大量生産体制の構築と寄付を原資にした提供を両立しながら、2024年度のグッドデザイン賞〈ベスト100/防災・復興デザイン〉を受賞しました。私たちは「被災者とともにつくり、被災者が愛着をもってつかいこなす」こと、そのプロセス自体が復興への第一歩だと考えています。
技術的な骨格はシンプルです。膜体の膨張で形態を立ち上げ、断熱材の定着で耐候性と剛性、そして断熱・遮音を高める。風速80m級の台風でも本体はびくともしない強さを示し、空気を材料として活かすことで熱と音を制御します。空気を抜いて畳めば運搬は容易。形や大きさ、連結の仕方を現場の要件にあわせて変えられるので、孤立集落の個別事情から、都市部の避難所のゾーニングまで、状況に応じて最適解を編み出せます。
第二の柱は、災害時の“静けさ”と“落ち着き”をつくる研究です。感覚過敏や発達障害傾向をもつ人のための折り畳み・運搬可能な簡易構造のカームダウンスペースを各国で実証し、生体情報とアンケートを組み合わせて使用時の傾向を分析してきました。学校や避難所、公共施設での“ちょっと休む”ための空間は、避難行動の円滑化や二次的な健康被害の抑制に直結します。SIGGRAPH 2023での紹介や、AIJ論文・技術報告での成果公開を通じ、静寂・光・素材感の設えがもつ実効性を、建築計画の細部に落とし込んでいます。
こうした研究を束ねる理念は、「最小のエネルギーで、最大の安心を生む構え」を社会に開くことです。例えば、食品工場のフードロス由来のでんぷん系素材を断熱材に転用する試みや、ナメクジの生態から学ぶ外壁の“自己洗浄・防汚”の発想、古民家の断熱・耐震補強の超短工期化など、環境負荷と施工負担を下げながら、人の生理・心理をやさしく包む方法を探っています。発明の核はいつも人の声です。避難所で「おうちができた」とはしゃぐ子どもの声、寒夜に震える高齢者の声、静かな場所を必要とする方の小さなサイン。その一つひとつに、建築は応えられる——そう信じて、逆照射のデザインを続けています。
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
社会実装の最前線として、私は発災直後の能登半島に入り、輪島市と連携して屋内用インスタントハウスを学校の避難所へ届けました。天井と扉と窓をそなえ、15分で組み立てられる“おうち”は、冷蔵庫のように冷たい体育館に世帯の居場所を取り戻し、幼い子どもが「ただいま」と言える情景を生みました。避難所職員の方々と状況を共有しながら、夜を徹して計10棟を設置した経験は、「最初の一週間」の質が被災者の心身にどれほど効くかを、身体で刻み込ませました。
さらに、トルコ・シリア地震の被災地では、JICAの現地窓口を通じて行政・企業・大学とつながり、アンタキヤに大小3棟を寄贈しました。外気30度超の環境で内部が涼しいこと、円蓋形状の空間が心を落ち着かせることを現地の方と確かめたこの活動は、国境を越えて“短時間で安心を届ける”仕組みが通用することを教えてくれました。以後、国内外の見本市や自治体の防災セミナーでも知見を共有し、大学の基金や寄付を原資に、被災者と一緒に“つくり・つかいこなす”復興の作法を広げています。
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
災害は、行政や企業、大学、そして住民が“役割の壁”を少しだけ越えるだけで、復旧スピードも、心の回復力も、大きく変わります。お願いしたいのは、平時から「最初の一週間」を具体的に設計しておくことです。避難所の寒さ・暑さ・騒音・光・プライバシーは、物資や人手の到着より前に襲ってきます。空気を活かした仮設の“殻”でまずは静けさと温度をととのえる。その上で医療・衛生・情報が届く導線を整える。私たちは、その“殻”を数時間で立ち上げる技術とノウハウを現場で蓄積してきました。連結・拡張・再配置が自由で、撤収も容易。運用の細部まで一緒に設計できます。
もうひとつは、共に評価する文化です。能登では導入後に感染症や低体温の発生が低減したとの報告がありました。こうした効果を数値と物語の両方で記録し、次の危機に備える。その循環に、大学の研究者はデータの設計と検証で貢献できます。企業は調達と製造の機動力を、自治体は合意形成とオペレーションの設計力を、国は制度と予算の設えを——それぞれが少しずつ“おく”ところを見直せば、被災地の最初の夜は必ず変わります。ご関心があれば、現場で一緒に手を動かしながら、地域ごとの実装計画を描きましょう。
5. 高校生へのメッセージ
建築は、図面や模型の先に、人の涙や笑顔がある仕事です。私は避難所で子ども達に手を引かれ、「来週建てて」と言われて人生が変わりました。美しい建築を目指すことは素晴らしい。でも、誰かが今夜、寒さで眠れないときに、あなたの発想ひとつで世界は動きます。空気だって材料になる、という発想転換がひとつの住まいを生みました。逆照射——当たり前をいったん逆から見る癖を、どうか若いうちに身につけてください。
もうひとつ。学び方はひとつではありません。私は和菓子屋に生まれ、大学で建築を学び、海外でも働き、研究と起業を往復してきました。遠回りに見える道が、災害の現場で“今必要な答え”に直結することがあります。失敗してもかまいません。ペンシルバルーンやスポンジで試した失敗の数が、いざという時の一手になります。あなたがもつ感性のひとつひとつが、誰かの「ただいま」を支える。そんな建築の世界で、いつか一緒に汗をかけたら嬉しいです。
建築設計・建築計画・防災工学
地球上で家に困る人々が快適で丈夫な家をもつあたりまえを実現する
打矢隆弘教授
知能情報学・分散人工知能/防災情報システム
ロボットとエージェントで「最初の10分」を変える
1. 自己紹介
名古屋工業大学で、知能情報学と分散人工知能を専門に「減災のための情報システム」を研究しています。災害は、停電、道路の寸断、火災や余震など多くの事象が同時に起きます。私は、その複雑な状況で、避難誘導と救助救護を同時に前へ進めるための“群れとして賢い”仕組みを設計し、現場で動く道具として実装しています。キーワードは、マルチエージェント、UAV(ドローン)とUGV(地上ロボット)、強化学習、そして人の意思決定をささえるMR(複合現実)です。
経歴は、東北大学電気通信研究所の助手を経て、名工大へ。現在は教授として、分散AIとロボティクス、ネットワーク、ヒューマンインタフェースを横断する研究室を運営し、学内外と共同でプロトタイプシステムを開発し、実証と改善を素早く回しています。研究室のページでは、屋内要救助者探索のドローン経路計画、マルチドローン配送の安全化、避難誘導シミュレーション、ビーコンによる測位など、災害対応に直結するテーマを公開しています。
科研費では、2017〜19年度「悪条件下の震災避難行動を支援するマルチエージェント防災システム」、2020〜22年度「複合災害を想定した分散人工知能防災システム」、2023〜25年度「避難誘導支援と救助救護活動支援を両立する分散人工知能減災システム」を継続して牽引し、実践と学術の双方で“動く知”を積み重ねています。
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
ひとつ目は、「複合災害下における分散人工知能減災システム」の設計と検証です。発災直後の建物内外では、視界不良、煙、落下物、停電、通信劣化が重なります。そこで私たちは、空を飛ぶUAV、床を走るUGV、避難者に声をかける擬人化エージェント、建物に“おいた”各種センサーを、それぞれ自律したエージェントとして定義し、局所情報を交換しながら全体として合理的にふるまう仕組みをつくりました。エージェントは、どの階へ、どの経路で、だれが先に行くかを、混雑・危険・視野・電池残量などの制約を勘案し、リアルタイムに割り振ります。私たちは、その割当てに、強化学習(NashQなど)や経路計画(LAMAPF/PIBT)を適用し、衝突と滞留を避けつつ情報収集と避難誘導、救助の両立を図ります。
要素技術のひとつである「屋内要救助者探索」では、単一ドローンの飛行経路を、視野の死角、速度、航続時間を織り込み最適化し、短時間で“人の気配”の分布を推定する手法を開発しました。また、複数ドローンの同時運用では、強化学習で視野表現を改善し、安全性と効率を両立させるアプローチを試作し、国際会議で成果を報告しています。これらのテーマは、研究室の作品群(DRP Challenge向けの複数ドローン経路計画や、屋内探索の経路計画システム)としても公開し、学生とともに現場適用へと磨きこみました。
「情報収集車両の配送計画」では、被災後の道路遮断や渋滞を考慮して、どの車両がどの順でどのエリアを巡ると“状況図”が最速で立ち上がるかを設計します。地図の特徴量を活用してルート構築を効率化し、国際会議での口頭発表でも成果が評価されました。こうした“地図の上の数分短縮”は、現地の意思決定ではそのまま人命に跳ね返ります。だからこそ、現場の制約(通行止め、路肩の陥没、通信の穴)をモデルに取り込み、実走行データで検証することを重視しています。
ふたつ目は、「人の判断」を支えるMR(複合現実)×エージェントの研究です。私たちは、火災や地震時の避難において、正常性バイアスなどの認知バイアスが“移動の第一歩”を遅らせることに着目し、MR空間で擬人化エージェントが声かけをするタイミングや言葉の調整で、避難開始を後押しできるかを実験的に確かめています。MRであれば、現実空間の危険を避けつつ、状況と心理の再現性を高く保てる利点があります。日本VR学会での報告では、バイアス発生メカニズムの分析と、軽減に効く提示方法の手がかりを示しました。さらに、屋内ナビの提示タイミングや、VR避難訓練の設計、スマートグラス自転車ナビの提示最適化など、人の注意・理解・行動を動かす“声かけと見せ方”を地道に積み上げています。
これらの要素を束ねる実装の現場として、私は研究室の学生とともに、ビーコンによる屋内測位の精度検証、マルチエージェント巡回清掃(群制御の基礎実験)、階段滞留を考慮したロボット連携の避難誘導、耳周辺電極を用いた生体信号の応用可能性など、災害時の“詰まり”を一つずつ解く小さな部品を試作し、“おいては動かす”を繰り返しています。こうした小さな改善が、結局は現場の安全性や到達時間を確実に縮めていきます。
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
社会実装の面では、国内外の会議・見本市・演習でのデモや講演を続けています。近年は、地図特徴量に基づく情報収集ルート設計や、ユーザ嗜好にもとづくレビュー分類(災害時の情報評価の基礎)などで国際会議の表彰を受け、複数ドローン経路計画や視野表現の改良でも学生と共に受賞する機会がありました。こうした外部評価は、現場に採り入れていただく際の“安心材料”になりますし、学生にとっては社会へ出ていく自信そのものになります。
また、研究室のWebを通じて、試作したシステムや教材をオープンにし、自治体や企業との実証の入り口を広く保っています。音声対話エージェント、ビーコン、MRナビ、VR避難訓練のプロトタイプなどは、学校の避難訓練や庁舎の安全点検でも“すぐ試せるサイズ”にまとめています。被災の現場では、とにかく最初の10分・最初の1時間の混乱をほどくことが重要です。そこで効くのは、完璧な大装置ではなく、確実に動く小さな道具です。私たちは、その道具を現場へ持ち込み、一緒に調整し、日常運用できるところまで伴走します。
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
平時から、“小さく回す”仲間になってください。ドローンの探索、ロボットと動的標識の協調、屋内測位、MRの声かけ——紙の計画や机上のシミュレーションでは見えない詰まりは、30分の現地試験であっさり顔を出します。施設の図面、出入口の配置、階段の幅、電波の癖、非常電源の位置。私たちは、その場で測り、すぐにアルゴリズムとルールに反映し、翌週には改善版を持って伺います。評価のしかたも“物語”と“数字”を並走させます。たとえば、視野表現の改良で屋内探索カバー率がどれだけ上がったか、車両ルート設計で到達時刻が何分縮まったか、MRの声かけで避難開始が何秒早まったか。共通の指標で対話できれば、次の投資判断がぶれません。
調達や保守の観点からは、既存装備や既存ネットワークに“おけるもの”を優先して提案します。ROSで動く機体、既設Wi Fi/BLEで足りる測位、MR端末の貸与・共用など、特別な設備をなるべく要さない道から始め、年度内・学期内に実証と改善を2〜3回転できるスケジュールをご一緒に引きます。まずは庁舎1棟、学校1校、工場1ラインから。一歩ずつ、確実に“最初の10分”を変えていきましょう。
5. 高校生へのメッセージ
災害対応の研究は、難しい数式や最新のデバイスだけではありません。校舎の避難訓練を観察し、どこで列が詰まり、誰が迷い、どの声かけで流れがほどけるかをノートに“おく”。その記録は、あとでAIやロボットの設計にそのまま効いてきます。私たちが目指すのは、たくさんの主体が小さな知恵を持ち寄り、全体として賢くふるまう世界。だから、失敗を恐れず、仮説→試作→観察→改善を繰り返す姿勢を、いまから大切にもってください。
プログラミングやロボットが初めてでも、心配はいりません。必要なのは、現場の課題に“手を伸ばす”好奇心です。スマホのセンサーで階段の混雑を測る、ミニドローンで安全に経路探索を試す、友達にMRで声をかけるタイミングを変えて反応を比べる——どれも立派な研究の一歩です。いつか研究室で、一緒に“最初の10分”を変える道具をつくりましょう。
知能情報学・分散人工知能/防災情報システム
ロボットとエージェントで「最初の10分」を変える
北野利一教授
海岸工学・水工学/極値統計・沿岸防災
まちの安全と安心のために,自然災害ハザードの確率評価技術を探求
1. 自己紹介
まちの安全と安心のための備えには,自然災害の脅威に備える対策が不可欠です.いわゆる築土構木です.中国の昔の書物(淮南子)によると,その昔,聖人が民のために土を盛り,木を組んで住まいを整え,雨風をしのぎ,寒暑を避け,人びととは安心して暮らせるようになったといいます.土木(工学)の由来となった言葉です.経済が経世済民(文中子など)に由来することと同じです.さて,聖人とは,どのような方のことでしょうか?築土構木を実現できる国のリーダーであり,土木技術者のことです.我々は,理想を追い求めながらも,制約のある有限の世界で生きています.したがって,限られた予算で,限られた工期で,対策を講じなければなりません.そのためには,対策の優先度を決める手段の1つとして,確率が重要となります.我々に来襲する自然災害の発生要因となるハザード(豪雨,高潮,高波などの風雨水害外力や地震ならびにそれによる津波など,最近は,火山爆発による異常潮位ならびに浮遊物の伝播など)の生起は不確実性を伴っています.その発生の物理現象的な解明は現代の科学では未だ不十分で,いつどこで起きるかということを正確に言い当てることはできないからです.しかし,今日までの膨大な観測記録のみならず,最新の科学的知見をコンピュータ技術で実装した地球シミュレータなどで実行された大規模アンサンブルデータを用い,その不確実性について,ある一定の条件を与えることで,確率評価が可能になってきました.私は,その確率評価技術を研究しています.
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
研究テーマ1:単変量ならびに多変量極値理論に基づいた洪水頻度解析手法の再構築
ありえないことが生じると,甚大な被害を引き起こすのが現実である.豪雨による洪水被害,沿岸部の高波や高潮などによる浸水被害,このような風水害を引き起こす自然外力の発生は,神出鬼没となることが本質である.そのための対策となる治水計画では,再現期間という概念が重要となる.すなわち,100年に1回という低頻度で甚大な被害を招く豪雨は1度生じると,続く99年間には生じることがないわけではない(二重否定)ので,1度生じた後わずか数年後に再び生じることもある.また逆に,倍の200年経過しても同規模の豪雨が生じないかもしれない.その根拠となる再現期間は,平均と相似則に基づいた理論体系で定義される.洪水あるいは浸水リスクを算定するため,観測記録や地球シミュレータによるアンサンブルデータから再現期間に応じた外力規模の推算手法や極端事象の相互の従属特性のモデル化などを開発している.
研究テーマ2:津波防災・減災まちづくりに係る浸水確率の算定手法の構築
減災まちづくりの目的は,単にまちを災害から守る・ねばり強くするということではなく,豊かな暮らしを実現することにあります.ハザードの発生確率をもとに地域のリスクを算定し,海岸堤防,避難計画,土地利用計画のそれぞれの限界を認識して適切な組み合わせを提示し,土地利用と避難との関係性のなかで堤防高さを決定しようという試みを模索してきました.その中で,風水害とは異なり,地震により発生する津波は,不確実性が非常に大きく,偶然的不確実性と認識論的不確実性の2種の不確実性に分類され,前者は地震のすべり量の空間的な分布を確率的に扱って,その際に生じる津波を沿岸部に伝播するシミュレーションで得られるものとして扱われるのに対し,後者は,原子力発電所でのリスク検討で用いられるロジックツリーで確率を評価するものである.これらのモデルを融合するような仕組みを考えて,沿岸部のリスク評価ができるように浸水確率を求める研究です.
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
防災を研究した知見を活かすためには,行政の技術委員会に関わることが重要です.愛知県の海岸保全基本計画検討委員会技術部会をはじめとして,沿岸部の防災の現場で議論されている現実の問題を把握し,その解決への道を探索するメンバーの一人として参画させていただいています.その際に現在の私の一番の持ち味となるハザードの確率評価に欠かせない数理的理論は,極値統計理論になります.特に,多変量極値統計理論は,日本人のSibuya(1960)が世界で初めて2変量極値理論を論じているにもかかわらず,残念ながら,国内の応用分野では現在のところほぼ全く知られていません.その理由は,おそらくは,理論が難解であるため,表面的な理解では,多変量極値の定義そのものが応用に不向きと判断してしまうことによるのだと思います.ポアソン確率をベースにした極値イベントの生起の確率過程をもとに理解すれば,そのような誤解は生じません.10年以上前から,統計数理研究所の客員となり,「極値理論の工学への応用」という名称の研究集会を開催(現在は後進に任せる)し,多変量極値理論の普及活動ならびにその応用のための共同研究などに努めています.
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
この世の中,当たり前のことですが,全て限りがあります.福祉や治安などにも年々必要な予算が増える中,防災構造物などのハード整備に使える予算は非常に限りがあるでしょう.その限られた予算の有効な使い方を決める意思決定には,必ず確率的思考が重要な役割を果たします.また,防災のキーワードとなるのは,よく言われる言葉の「自助,共助,公助」であり,民間企業の協力も重要となります.例えば,港での企業活動のため堤外地に民間会社の施設が設置されていますが,浸水防御に対して,協働防護という概念が導入されつつあります.自分のところの全面部だけを対策しても,沿岸部全体で防護策を講じないと,結局のところ最終的には被害を被ることになります.まさに,「共助」の必要性であります.この場合の対策の意思決定には,想定に対する浸水シミュレーションとその規模に対する確率(頻度)が非常に重要な役割を果たすことになるでしょう.
5. 高校生へのメッセージ
Leave the world better than we found it. (私たちが出会った世界をよりよいものにして未来に渡す)これは,英国天文学者のジョン・ハーシェル卿が残した言葉で,これを内村鑑三が日本に紹介し,この言葉を座右の銘に刻んで,およそ100年前に渡米し,パナマ運河の設計・建設に従事した日本の土木技術者がいるのを君たちは,ご存知だろうか?それは技術者青年の青山 士(あおやま あきら)さんであり,彼は帰国後,荒川をはじめ,日本の治水に取り組んだ.近年の気候変動による影響もあり,洪水が頻発している.安全•安心なまちづくりを実現するには,いろんなアプローチがあるだろう.「ローマは1日にしてならず」という言葉もあるとおり,まちづくりは昨日考えて,今日すぐに実行できるものではない.また,「芸術は長し,人生は短し」である.この場合の芸術(Art)は,技術のことである(state of the art で最新技術という意味だよね?).日々技術の開発に励んでいても,早くしないと自分の生きているあいだに,間に合わないかもしれないのではダメだ(と日頃から,私自身に言い聞かせている).若い方よ,共により良い世界を築いていこうではないか.そして最後に,技術者にとって,なによりも第一に,誠実さが大事であることも伝えておきたい.青山さんは,第2次世界大戦の勃発のため,やむなく日本に帰らざるを得なくなったのだが,帰国後に日本の軍部からパナマ運河破壊計画を相談された時,「私は造ることを知っているが,壊し方は知らない」と返したそうである.名言である.
海岸工学・水工学/極値統計・沿岸防災
まちの安全と安心のために,自然災害ハザードの確率評価技術を探求
楠原文雄教授
耐震工学・鉄筋コンクリート構造
1. 自己紹介
大学院の修士課程を修了後,5年ほど総合建設業者(ゼネコン)の設計部で建物の構造設計に従事しました。そこでは超高層建物,制震建物,大スパン建物などの構造設計を担当しました。その後,東京大学の助手・助教を経て,2017年に名古屋工業大学に着任し教育と研究に携わっています。
研究分野は建物の耐震性能に関するもので,主として鉄筋コンクリート建物などコンクリート系の構造物を対象としています。中でも梁と柱の結節点である「柱梁接合部」についての研究を継続して行っています。耐震工学は,過去の地震から学び,同じ被害が生じないように発展してきた側面がありますが,コンクリート系建物の骨組では長く柱梁接合部には地震による被害が生じておらず,古い建物では柱梁接合部の性能の確認がされていない時代も長くありました。しかし,近年の国内外の地震被害では鉄筋コンクリート建物の柱梁接合部の破壊が確認され,また,理論的な研究による柱梁接合部の破壊機構が解明,建物全体や柱梁接合部だけを取り出した部分架構の実験によっても柱梁接合部の破壊の危険性が確認がなされています。このような中で,部分架構の実験による柱梁接合部の耐震性能の確認,地震応答解析による柱梁接合部が破壊する鉄筋コンクリート骨組の地震応答性状の把握,柱梁接合部の耐震性能評価法の開発などを進めています。
また,最近では,建築歴史を専門とする教員と共同で,地震時の揺れのシミュレーションである地震応答解析により日本の伝統木造建築物の耐震性能を評価する研究にも取り組んでいます。
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
建築構造学,特に耐震構造の分野では,研究は3つの柱によって構成されます。1つ目は,地震が発生したときの被害調査です。実際に建物に生じる被害を確認します。2つ目は,構造実験です。地震時に生じうる被害・損傷を目に見える形で再現します。3つ目は,数値解析です。建物に生じる現象をコンピュータ上で再現するものです。地震が発生した場合には現地に被害調査に赴きますが,日常的には構造実験と数値解析を軸として研究を進めています。
継続して中心に据えている研究テーマは鉄筋コンクリートおよびプレストレストコンクリートの柱梁接合部の耐震性能の評価です。まず,実際の建物の1/3程度の大きさの柱梁接合部を切り出した試験体を製作し,鉄筋の量や梁や柱の形状などが柱梁接合部の強度に与える影響について,系統的な実験を行いました。一方で,理論的なアプローチにより柱梁接合部の強度を算定する評価式を提案し,実験で確認されたパラメータと強度の関係を評価する方法を示しました。
また,柱梁接合部が損傷あるいは破壊する場合に,鉄筋コンクリートの骨組全体の地震時の挙動がどのようになるかを調べるために,柱梁接合部のマクロエレメントと呼ばれるモデルを開発し,地震時の挙動をコンピュータ上でシミュレートする解析的な研究も進めています。これらの解析からは,柱梁接合部に損傷が生じると特定の階に変形が生じ,大きな地震に対する建物の余裕度が小さくなることなどを明らかにしました。
こういった実験や解析によって明らかになったことは,耐震設計の規準や指針に取り入れられることで,新しい建物では地震による被害を防ぐことができます。一方で既に建設されている建物は古い設計基準に基づき設計されているため,地震によって柱梁接合部が破壊する危険性が残ります。そこで,柱梁接合部の破壊によって骨組の耐震性能がどの程度低下するかを解析に基づいて検討し,既存の建物の耐震性能を評価する耐震診断という枠組みに柱梁接合部の破壊の影響をどのように組み込むかの提案も行っています。また,もし地震によって骨組の柱梁接合部に損傷が生じた場合に,その損傷によって骨組の耐震性能はどの程度低下し,余震などその後の地震に対して安全かどうかを判断するための実験や解析にも取り組んでいます。
この鉄筋コンクリート骨組の柱梁接合部に関する研究は,コンクリートにあらかじめプレストレストと呼ばれる力を加えたプレストレストコンクリート構造の柱梁接合部などにも発展させ,強度の評価方法の提案などを行っています。
これらのコンクリートを用いた構造に関する研究に加え,近年は,日本の伝統的な木造建築物の耐震性能に関する研究も行っています。文化財である伝統木造建築物であっても,現在の基準に対して耐震性能が不足していれば,耐震性能を上げるための耐震改修を行わなければなりません。ここで難しいのはいかに文化財としての価値を損なわずに耐震性能を上げる方法とするかです。そこで,地震に対する建物の揺れの性状を反映した耐震改修の方法を探るために,建物全体をモデル化した地震に対する解析を実施して検討を進めています。いくつかの建物に対する解析からは,例えば,建物を土台となる石の上に固定せず,あえて石の上で滑るようにしておいたほうが建物が倒壊するリスクは小さくなることなどがわかってきています。
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
日本建築学会をはじめとする学協会での建物の耐震設計に関する規準・指針策定に参画しています。研究で得られた成果は,こういった規準・指針に反映され,設計の実務に取り込まれて初めて社会に還元され,地震に対して強い社会の実現に寄与すると言えます。規準・指針は建物の安全性に直結するものですから理論に基づき安全を追求したものである必要がありますが,一方で実際に建物を設計し建設するという経済行為としてみると安全のためだからといって際限なくコストをかけることはできません。どうバランスをとり,安全でかつ現実的な規準・指針とするかを,設計実務に携わる委員と議論を重ねながら規準・指針の作成を進めています。
また,講習会等を通じて,設計実務に携わる設計者に近年の耐震設計に関する研究の紹介や,規準・指針類が改定された際のその趣旨や肝となる事柄の紹介,あるいは構造設計に携わり始めたばかりの設計者に対する教育などを行っています。構造設計は決められた手順通りに規準・指針類に従って進めればよいというものではありません。背景となる理論や社会的問題などを理解し,自ら考えられる構造技術者が必要であり,その一助になればよいと考えています。
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
私の研究は,いかに地震によって建物に生じる被害を小さくするかといったハード面の研究が中心ですが,社会全体で地震による被害,特に人々の生活に対する影響をどのようにして小さくするかを考えると,社会システムなどのソフト面の対策も重要であろうと思います。行政の方々は社会システムというソフト面から防災に取り組まれているかと思いますが,その中で,ハード面の専門知識に基づく助言,あるいは一般社会に対しての啓蒙活動における解説など,お声がけいただければと思います。
また,民間企業の方々の中には,新しい工法を開発したいけれどどのように安全性の確認を進めていけばよいかわからない,あるいは,すでに企業でお持ちの技術を建築という分野に展開してみたいけれど実際に適用できるかも含めて可能性をどう検討すればよいかわからない,といった方もおられるかと思います。そういった場合には,ぜひ一緒に考え,新しい技術の開発に取り組む機会をいただければと思います。
5. 高校生へのメッセージ
日本人にとって地震は身近な自然災害です。地震による被害を小さくするためには,社会システムなどソフト面の整備ももちろん必要ですが,まずは地震により破壊される建物を少しでも減らすというハード面の向上が欠かせません。自分たちが生活する場である建物の安全を高めるためにはどうすればよいか,多くの人に自分のこととして考えてもらいたいと思っています。
耐震工学は,地震により建物が破壊するという現象を力学や振動学などに基づいて説明し,破壊を防ぐためにどうするかを考える学問です。どういった建物が揺れやすいか,どこが弱点になりやすいかなどは高校で学ぶ物理でもある程度説明できますし,具体的に数値で表そうとすると数学も使います。また,「工学」は社会に実装するところまでが学問ですので,社会の仕組みへの理解も不可欠です。さらに,自分の考えや得られた研究の成果を社会に発信しようと思ったら国語や英語といった語学も大事になります。耐震工学に限りませんが,工学では高校までで学ぶ多くのことが基礎となります。「理系」だから,「文系」だからという括りなど設けず,広く学んでいってほしいと思います。
耐震工学・鉄筋コンクリート構造
柱梁接合部から骨組全体の安全を考える
佐藤篤司教授
建築鋼構造・軽量形鋼・接合設計/耐震
接合から骨組へ、小さな“つなぎ目”で大きな安全をつくる
1. 自己紹介
私は名古屋工業大学・工学専攻 建築・デザインプログラム 教授として、建築鋼構造の耐震設計を中心に、H形鋼柱・角形鋼管柱の軸力×曲げ下の構造性能評価、薄板軽量形鋼(CFS)フレームの開発、そしてボルト・ドリルねじ・接着を含む乾式接合の力学に取り組んでいます。経歴としては、名工大・京都大学などで助教・准教授を経て、2023年4月に本学教授となりました。海外ではサレルノ大学(伊)やプラハ工科大学(捷)、UCサンディエゴでの在外経験もあります。学位は名古屋工業大学の博士(工学)です。これらの情報は私の研究者ページや大学公式データベースに整理されています。
研究キーワードは、鋼構造・軽量形鋼・耐震設計・接合設計。近年は接着剤×高力ボルトの併用接合やメタルフォームを応用した制振ブレースなど、破断の“起こり方”を設計で制御し、脆性破断を回避するための選択肢を広げる研究にも重心をおいています。学会活動としては、日本建築学会や日本鋼構造協会等で委員・委員長を務め、規準・指針づくりにも関わっています。
なお、2023年 日本建築学会賞(論文)を「軸方向圧縮力と曲げモーメントを受ける鋼柱の構造性能評価に関する研究」で受賞しました。地震下で柱がどこまで粘ってくれるのか、その耐力と塑性変形能力を、実験と理論の両輪で“設計に効く言葉”に訳す作業を続けてきた成果だと受け止めています。
2. 具体的な研究内容を1〜2つ
研究①:H形鋼柱・角形鋼管柱の「軸力×曲げ」下での限界状態を見える化する。
震動中の鋼柱には、圧縮軸力と曲げモーメントが同時に作用し、曲げねじれ座屈・局部座屈・P–Δ効果の絡み合いが、耐力と靱性を決めます。私たちは、材端モーメント比・細長比・軸力比といった設計上の基本パラメータを系統的に振り、一端曲げ・両端曲げ・複合載荷などの実験を積み上げて、最大耐力と塑性変形能力の相関式や評価フローを整備してきました。代表的な論文として、「一端曲げを受けるH形鋼柱の曲げねじれ座屈を考慮した構造性能評価手法」(日本建築学会構造系論文集, 2022)があり、“式に落とせる”精度で面外不安定を含む性能評価を提示しています。これらは大学の研究者ページや研究データベースでも確認できます。
KAKEN上の課題としても、「建築物における地震外力抵抗要素であるH形断面鋼柱の構造性能評価(2019–2021)」をPIとして実施し、実大に近い試験体と解析モデルの往復で、部材→骨組への橋渡しを進めました。材端モーメント比や細長比が崩壊形式や変形集中に与える影響を定量化し、“どこで、どれだけ塑性化させるか”という設計上の意思決定に資する形で整理しています。
研究②:薄板軽量形鋼(CFS)×乾式接合で、施工しやすく地震に強いフレームをつくる。
住宅や中小規模建築で普及するCFS(Cold-Formed Steel)は、薄板・成形断面ゆえに局部座屈や接合部のすべりの扱いが難しい。そこで私たちは、ボルト・ドリルねじ・接着を使った乾式接合を部材—サブアセンブリ—実大フレームで検証し、必要接合耐力・必要ねじ本数・補強要否を短い検証サイクルで特定していく枠組みを作ってきました。大学の研究者DB(PURE)には、「乾式接合CFSフレーミングの開発(2022–2025)」など関連プロジェクトがまとめられており、実大試験→復元力モデル→骨組応答の流れで施工性と耐震性能の両立を狙う設計手順を示しています。
乾式接合に関しては、高力ボルトとアクリル系接着剤の併用接合の基礎試験(2面せん断接着接手)など、“すべり・支圧・破断”の分担を可視化する実験も積み重ねています。接合で破断様式の分散を図れば、骨組としての破壊の“起こり方”をコントロールしやすくなります。J GLOBALや年次論文報告などに、接着併用接合・フェールセーフ系ボルト等の検討経緯が整理されています。
研究③:軽量・新素材のポテンシャルを耐震システムへ——アルミ合金・メタルフォーム×制振。
アルミ合金角形管の局部座屈強度(補剛リブ付)や、アルミニウム・メタルフォーム・ダンパーを組み込んだ張力のみ制震ブレース(tension only CBF)など、軽量・耐食・高吸収の素材を耐震に活かす研究も進めています。Engineering Structures(2026)には、メタルフォームCBFの地震性能評価を掲載し、ピンチングの少ない履歴特性や軽量化の効果を示しました。既存の鋼構造の枠に、新素材の“軽くて、壊れ方が素直”という利点を組み合わせ、補修・更新の容易さまで視野に入れています。
3. 具体的な社会活動内容を1〜2つ
学協会では、日本建築学会や日本鋼構造協会で委員・委員長を務め、溶接接合部設計施工ガイドブックの改訂など、研究→規準・指針の翻訳作業に携わっています。ここでは、実験データや模型化の仮定を誰もが追跡できる形に整理し、「どの条件で、どれだけ安全側か」を説明可能にすることを重視しています。普及・広報・年次研究発表会小委員会(委員長)として、若手や実務の方々が最新の知見に触れ、試せる場を維持することも大切にしています。
大学内外の研究基盤では、KAKEN(科研費)を通じてH形鋼柱の性能評価や乾式接合CFSフレームの開発等を推進し、企業・自治体との共同研究や海外連携(欧州大学との接合・制振研究)も継続しています。日本建築学会賞(論文)受賞(2023年4月25日)の際には、軸力×曲げ下の鋼柱評価の社会的意義が広く共有され、既存ストックの安全余裕の見立てや更新・補強の優先順位づけに資する実務連携が広がりました。
4. 学外の国や自治体や民間企業等へのメッセージ
「小さく、速く、一回転」が私たちの基本です。まずサブアセンブリ規模の実証(柱脚・梁継手・ブレース端など)をひとつ作り、すべり・支圧・破断の起こり方と復元力を実測します。つぎに、ばね要素等で接合をモデル化した骨組解析を回し、必要接合耐力・必要ねじ本数・補強要否を6〜12か月のスパンで絞り込みます。最後に、“設計に使える数式・指標”の形でドキュメント化し、施工性・コスト・工期の制約とすり合わせる。CFSフレームでもH形鋼柱でも、最小限の実証→設計数値化→現場への翻訳を、小刻みに回す伴走が効果的です。
もうひとつ大切にしているのは、“壊れ方を選ぶ設計”です。ボルト×接着の併用接合やメタルフォーム等の吸収要素を組み込むことで、破断の分散とエネルギー吸収の配置を設計に織り込み、脆性破断の回避を狙います。規準の外挿に頼るのではなく、小さな実証を積み重ねて安全側の根拠を明確にする。もし既存鋼構造の残存耐震性能や接合の劣化・損傷後の使用可否で迷っておられるなら、接合—部材—骨組を貫く“見える化の道筋”を、ご一緒に敷き直しましょう。
5. 高校生へのメッセージ
ボルト1本、ねじ1本が、建物の“声”を変える。 地震の時、接合部はすべる、粘る、ときに壊れる。私たちは、小さな接合ユニットや柱・梁のつながりを実際に作って壊して、どこで、どんな順番で力が流れるかを目で確かめます。集めたデータは式になり、コンピュータのモデルになり、やがて人のいのちを守る設計へと育ちます。研究者の仕事は、見えない力の流れを見える言葉に置き換えること。そのために必要なのは、“なぜだろう”を手ばなさない心です。
数学や物理が得意でなくても、観察→仮説→試す→説明するを自分の手でもつことが大切です。家庭にある材料で簡単なトラスを組み、荷重をおく場所を少し変えてみるだけで、たわみ方や応力の偏りが変わります。小さな気づきが、大きな安全につながる。接合という“点”から骨組という“線”、建物という“面”へと広がっていく、スケールをまたぐ面白さを、ぜひ体験してみてください。
そして、軽くて強い素材や新しい接合を使えば、建築はもっと自由になり、壊れ方までもデザインできるようになります。東海圏で防災をリードする拠点である名古屋工業大学の高度防災工学研究センターには、構造・地盤・水災・交通・情報が集まっています。いっしょに未来の“壊れにくい当たり前”を、具体的な設計と実験で形にしていきましょう。
建築鋼構造・軽量形鋼・接合設計/耐震
接合から骨組へ、小さな“つなぎ目”で大きな安全をつくる
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